門松はなぜ斜め?家康が込めた「打倒信玄」の執念

2026年1月9日

歴史好きとして知られるお笑い芸人のゴリけんが、1月4日に配信された自身のポッドキャスト番組『ゴリけんの諸説あります!』で、新春にちなんだお正月の風習にまつわる意外な由来を語った。中でも、門松の竹がなぜ斜めに切られているのかという疑問に対し、徳川家康の壮絶な失敗談が起源だとする説を熱弁した。

年神様を迎えるための正月飾り

番組冒頭、ゴリけんは「教科書には載ってない歴史について語ります」というコンセプトを掲げ、まずはお正月の基本的な風習について解説を始めた。玄関先に飾るしめ飾りについては、「神聖な場所ということと、邪気払いをするため」と説明。

毎年新年に幸せを運んでくるとされる「年神様」を迎え入れるにあたり、「ここは邪気払いしてるからいつでも入ってきていいですよ」というサインの役割があると語る。

そして、もう一つの代表的な飾りである門松。これもまた、年神様が家々を訪れる際に迷わないための目印であると明かされた。ゴリけんは「年神様が来るでしょ。だからここに来てくださいって目印なんですよ」と述べ、空から見て自分の家を見つけてもらうためのものだと解説。

元々は松だけを飾る平安時代の風習だったが、後に縁起物の竹や梅が加わり、現在の形になったという。

斜め切りの由来は家康の屈辱

話の核心は、門松の竹の切り口について。水平に切られた「寸胴(ずんどう)」と、斜めに切られた「そぎ」と呼ばれるものがあるが、この斜め切りの由来が今回のテーマ。ゴリけんは「有名な戦国武将の、もうとんでもない失敗エピソードから生まれた」と前置きし、その武将が天下人・徳川家康であると明かした。家康の人生には三大危機があったとされ、その一つが1573年の「三方ヶ原の戦い」である。

この戦いで家康は、“甲斐の虎”武田信玄に「ボッコボコにされた」とゴリけんは語る。あまりの恐怖に震え上がった家康は、命からがら城に逃げ帰る道中で、なんと恐怖のあまり脱糞してしまったというのだ。

しかし、ただの失敗で終わらせないのが家康の凄さ。ゴリけんは「この悔しさを忘れないために、あることしたんですよ」と続け、「なんとそのお漏らしした姿を絵に描かせました」という衝撃的な事実を披露した。

この屈辱的な敗北が、門松の斜め切りに繋がったというのがゴリけんの説。年が明け、正月を迎えるにあたり、家康は「憎き信玄を斜め切りにしたいと。もう、ぶった斬りたいという」思いを抱いたという。

そして、門松の竹を信玄に見立て、その首をはねるように斜めに斬らせたことが「そぎ」の始まりになったと力説。「竹を信玄に見立てて、斜めに切ったとっから、この斜め切りがあったという」と、家康の執念が伝統的な風習を生んだという驚きの由来を語った。

正月飾りの期間と豆知識

最後にゴリけんは、正月飾りをいつからいつまで飾るのかという実用的な豆知識にも言及。飾り始めるのは「(正月事始めとされる)12月13日からでいいんです」とし、片付けるタイミングは年神様が帰る時だと説明した。

その時期は地域によって異なり、関東や九州では1月7日、関西では1月15日が一般的だとされている。さらに、鏡餅については、丸い餅が「全てが円満に行きますように」という願いを、その上に乗せる橙(だいだい)が「この家が代々続きますように」という祈りを込めたものであることも紹介された。

単なる風習としてやり過ごしがちなお正月の飾りに込められた、人々の深い願いや、時には歴史上の人物の強烈な感情。ゴリけんならではのユニークな視点で語られる歴史の裏話は、リスナーに新たな発見をもたらすものとなった。

※この記事はPodcast番組をもとにAIを用いて自動生成されたもので、誤った情報や不完全な記述を含む可能性があります。正確性や品質は保証されませんので、必要に応じて他の情報もあわせてご参照ください。