被爆ピアノが奏でる平和への願い 米国人ピアニストが熱演

80年の時を超え、戦争の記憶を伝えるピアノの音色が福岡県久留米市のホールに響き渡った。今月4日、広島で被爆しながらも奇跡的に焼け残った「被爆ピアノ」によるコンサートが開催されたのである。原爆の惨禍をくぐり抜け、今なお現役で美しい調べを奏でるこのピアノは、平和の尊さを静かに、しかし力強く訴えかけていた。

爆風の傷跡残る「被爆ピアノ」

このピアノは、80年前の広島市で原子爆弾の投下を受けながらも、倒壊を免れた家屋の中にあったため、奇跡的にその姿をとどめた一台である。市街地が壊滅的な被害を受ける中、焼け残ったこのピアノは、戦争の記憶を現代に伝える貴重な生き証人となった。

コンサートの取材にあたったRKB報道部の小松勝記者がステージ上で実物を見た際、その胴体にはっきりと傷が残っているのが確認できたという。関係者からは、「これはその爆風を受けてできた傷なんだよ」と説明されたそうで、小松記者は「（戦争を）思い起こさせるようなピアノでした」とその生々しい姿に衝撃を受けたと語る。まさに歴史の爪痕をその身に刻みながら、今も音を奏で続けているのだ。

調律師が繋ぐ平和へのバトン

この貴重な被爆ピアノが美しい音色を保ち続けている背景には、一人のピアノ調律師の存在がある。広島市在住の矢川光則さんだ。矢川さん自身も被爆2世であり、平和への強い思いを抱えていた。そんな彼の元に、最初の被爆ピアノが託されたのは1998年のこと。「広島の調律師としてどうにかしてほしい」という願いを受け、矢川さんは2001年に初めて被爆ピアノを用いたコンサートを開催。これが大きな反響を呼んだ。

現在、広島・長崎で確認されている12台の被爆ピアノのうち、7台が矢川さんの元に託されており、彼はそのピアノと共に全国を巡回する平和活動を続けている。驚くべきことに、70代となった今も「トラックにピアノを乗っけてご自身で運転されて全国を回っていらっしゃる」という。取材の翌日には「明日は佐世保に行ってきます」と語るなど、その情熱は衰えを知らない。

米国人奏者の葛藤と平和への思い

久留米でのコンサートで演奏を担当したのは、アメリカ出身のピアニスト、ジェイコブ・コーラーさんであった。彼は2009年に来日して以来、日本で活躍する実力派だが、被爆ピアノを弾くことには特別な思いがあったようだ。

4年前に初めて原爆ドームの前で演奏する機会を得た際、「アメリカ出身の自分が被爆ピアノを弾いていいものなのか」と、深い葛藤を抱えたことを明かしている。その悩みを打ち明けられた矢川さんは、「平和への思いとか、ジェイコブ・コーラーさんの思いみたいなものを出して弾けば何の問題もないよ」と彼を励ました。この言葉に背中を押されたコーラーさんは、国籍を超えて音楽で平和を訴える決意を固めたのである。

世代を超えて響く感動と願い

コンサートには高校生から80代まで幅広い世代の観客が詰めかけ、特別なピアノが奏でる音色に静かに耳を傾けた。

来場者からは「すごく感動した」「こうした活動を続けてほしい」といった声が寄せられ、多くの人々の心を揺さぶったことがうかがえる。

コーラーさんは「ピアノを聴いた感想は人それぞれ自由。ただ、平和にちょっとでも関心を持ってもらえたら」と静かに語った。

そして、この活動を牽引する矢川さんも、「自分だからできる、こういう平和活動なら自分でもできるかな」という思いで、今日もハンドルを握る。国籍や世代を超え、一台のピアノが繋ぐ平和へのバトン。その音色は、これからも多くの人々の心に確かな希望を灯し続けるに違いない。