ゴリけんが語る足利義満、幻の七重の塔秘話

2025年12月26日

歴史好きで知られるお笑い芸人のゴリけんが、教科書には載らない歴史の裏側を語るPodcast番組『ゴリけんの諸説あります!』。今回の放送では、室町幕府3代将軍・足利義満が「見栄を張ってしまった」結果生まれた、壮大な建築物にまつわる逸話が披露された。

11歳で将軍に、南北朝を統一した手腕

番組冒頭、ゴリけんは今回の主人公として足利義満を紹介。義満が生きたのは、朝廷が南朝と北朝に分裂して争った南北朝時代であり、彼はわずか11歳で将軍の座に就いた。

ゴリけんは「11歳で内閣総理大臣になるようなもんですよ」とその重圧の大きさを表現。少年時代から日本を背負う立場にあったと説明する。そんな彼が成し遂げた最大の功績が、長年の戦乱を終わらせた南北朝の統一であった。ゴ

リけんによると、義満は武力だけでなく、巧みな政治手腕で権力を掌握していったという。当時、大きな力を持っていた朝廷や寺社勢力と渡り合うため、武家が嗜まなかった雅楽を習い、貴族文化を深く学ぶことで朝廷との関係を構築。

さらに、敵対していた比叡山延暦寺に対しても、別の僧侶グループに援助するという根回しを行い、和平へと導いた。11歳から働きづめで権力の頂点へと上り詰めたのが足利義満だったのである。

金閣寺を超える幻の「七重の塔」とは

絶大な権力を手にした義満が、その象徴として建立したのが京都の鹿苑寺、通称「金閣寺」である。ゴリけんは、この有名な建築物が「もう権力の証。金ピカで、俺こんな力持ってますよっていうような」自己顕示欲の表れだったと解説した。

しかし、義満の見栄はそれだけでは収まらなかった。「金閣どころじゃなくて、とんでもないもんまた作ってるんですよ、実は」とゴリけんが明かしたのは、現存しない幻の塔の存在だ。それは相国寺の隣に建てられたという「七重の塔」。当時、京都にあった東寺の五重の塔が高さ約56mだったのに対し、義満が作った塔は、その倍近い109mにも達したという。

義満はこの巨大な塔の最上階から、仏を讃える儀式として京の町中に向かって花びらを撒き、「風に乗って京の町まで飛んでいった」という記録が残っており、自らの権威を天下に知らしめたとゴリけんは熱弁した。

焼失した塔が絵画に残した意外な痕跡

しかし、この壮大な七重の塔は、完成からわずか3年後に落雷で焼失してしまう。ゴリけんによると、義満はその後も再建を試みるものの、「もう1回作ります。また焼けてしまいます」「もう1回作ります。また焼けます」と、3度にわたり焼失を繰り返したそうだ。

公式記録では落雷が原因とされているが、ゴリけんは「力が弱まってきたんで、恨みを買って放火されたという風になってるんですよ」という裏説も紹介。諸説あるとしながらも、見栄を張りすぎた権力者の末路を匂わせた。

この幻の塔は現存しないが、その存在を意外な形で後世に伝えているのが、13代将軍・足利義輝が描かせたとされる屏風絵だという。その絵には繁栄した京の都が描かれているが、七重の塔そのものは描かれていない。ゴリけんはその謎について、「それはその、七重の塔から見た景色なんですよ」と解説。

「こんな景色はどっから見たんやってなった時に、実は七重の塔。何それ。七重の塔ちゅうのがあってですねという」と、絵自体が塔の存在を証明する粋な仕掛けになっていることを明かし、驚きを誘った。

歴史から「見栄は張りすぎない方がいい」という教訓を語り、トークを締めくくっている。

※この記事はPodcast番組をもとにAIを用いて自動生成されたもので、誤った情報や不完全な記述を含む可能性があります。正確性や品質は保証されませんので、必要に応じて他の情報もあわせてご参照ください。