秀吉の九州征伐、前哨戦の舞台・障子ケ岳城
- 42|【障子ケ岳城】みやこ町にも山城が?障子ケ岳城を攻める!
- 西日本新聞 戦国山城Podcast
- 7分24秒2026年1月17日
西日本新聞社が配信するPodcast番組『西日本新聞 戦国山城Podcast』に、郷土史家の清田進氏が出演。 同社の横山智徳氏、中山紘一郎氏(しかのすけ)と共に、福岡県内に点在する戦国時代の山城の魅力に迫った。
一行が今回訪れたのは、福岡県みやこ町にある「障子ケ岳城」。 かつて千近くも存在したとされる山城のロマンを紐解く旅の模様が語られた。
採掘で消えた山城、香春岳の衝撃の事実
まず一行の目を引いたのは、障子ケ岳と対峙するようにそびえる香春岳(田川郡香春町)である。 案内役の清田氏は、目の前の山を指し衝撃の事実を明かした。
香春岳はかつて一ノ岳、二ノ岳、三ノ岳からなる巨大な山城「香春岳城」であったが、清田氏は「頂がなくなっているのが香春岳一ノ岳でありまして、セメントの石灰石を取るためにああいう形になっております」と、産業利用によって山頂が失われた現状を説明する。 現在は元の姿の半分ほどになってしまったという。
さらに、城郭の遺構が調査されている二ノ岳もセメント会社の私有地であるため立ち入りができない状況であると解説。 歴史の舞台が現代の産業によって姿を変えたという事実に、出演者も驚きを隠せない様子であった。
交通の要衝に築かれた二つの城郭
今回一行が実際に登るのは、その香春岳城の向かいに位置する「障子ケ岳城」である。 清田氏によると、こちらは地元の人々の熱心な管理により、山頂部に南北約250メートルにわたって中世城郭の遺構が良好な状態で残っているという。
この地は、小倉と秋月を結ぶ国道322号線と、福岡市内と行橋を結ぶ国道201号線が交差する場所。 「古代から官道もこのルートにありましたし、江戸時代は街道として交通の要衝ですね」と清田氏は語る。 二つの巨大な山城は、まさに筑前と豊前を結ぶ戦略上の最重要拠点に築かれた一大要塞だったのである。
秀吉の九州平定、前哨戦の舞台
この地は、歴史を揺るがす大きな戦いの舞台でもあった。 豊臣秀吉による九州平定戦の前年、天正14年(1586年)のこと。
清田氏は「その前年に小早川隆景と吉川元春、そして軍監として黒田官兵衛孝高が前捌きで豊前に侵入して、ここで高橋元種と戦います」と、壮大な歴史の一幕を語った。
番組ではこの後、実際に障子ケ岳に登り、そこから香春岳城を眺めながら、現存する城郭遺構がこの戦いでどのように使われたかを解き明かしていくという。
これには共演者の中山氏も「結構大規模な戦闘が行われたかもしれないなっていうのは、想像はできますね」と、歴史ロマンへの期待を膨らませていた。
戦国の武将たちが駆けた山城で、一体どのような解説が繰り広げられるのか。 今後の展開が待たれる放送となった。
- 42|【障子ケ岳城】みやこ町にも山城が?障子ケ岳城を攻める!
- 西日本新聞 戦国山城Podcast
- 7分24秒2026年1月17日
※この記事はPodcast番組をもとにAIを用いて自動生成されたもので、誤った情報や不完全な記述を含む可能性があります。正確性や品質は保証されませんので、必要に応じて他の情報もあわせてご参照ください。