終戦わずか3カ月で計画された進駐軍との幻の日米野球

82|終戦わずか3カ月で計画された日米野球 「西鉄vs進駐軍」春日原球場で?
西日本新聞me Podcast
15分55秒2026年5月3日

西日本新聞の記者が取材の裏側を届けるポッドキャスト番組「西日本新聞me Podcast」の第82回が配信された。報道センターの塩田芳久とメディア戦略局の横山智徳が出演し、1945年の大野村村長である山上高太郎の日記に記された幻の日米野球対決の裏側を語っている。

米軍からの突然の野球申し込み

終戦からわずか3カ月後、駐留していた米進駐軍が日本のチームと野球がしたいと申し出た。これを受けた山上村長は、戦前にプロ球団を保有していた西鉄へ相談する。米軍側はいいメンバーを集めるから待ってくれと要求するなど、単なる遊びではない本気の勝負を望んでいたという。

芋畑から復興した香椎球場での熱戦

当初予定された春日原球場は戦時中の軍事利用により荒廃していたため、代替地として西鉄所有の香椎球場が選ばれた。食糧難で当時は芋畑になっていたが、急ピッチで整備が進められて1946年3月31日についに運命の日米対決が幕を開けた。

平和を象徴する5000人の熱狂

球場には約5000人の観衆が詰めかけ、試合は12対6で米軍が勝利を収めた。塩田は白球で対話する姿はまさに平和の象徴だったと振り返る。混乱期に希望を見出したこの一戦は、後の西鉄ライオンズへとつながる福岡野球史の源流として今も語り継がれている。

82|終戦わずか3カ月で計画された日米野球 「西鉄vs進駐軍」春日原球場で?
西日本新聞me Podcast
15分55秒2026年5月3日

※この記事はPodcast番組をもとにAIを用いて自動生成されたもので、誤った情報や不完全な記述を含む可能性があります。正確性や品質は保証されませんので、必要に応じて他の情報もあわせてご参照ください。