解説委員が放送用語を解説、「受け止めを」はなぜ増えたか

2025年10月21日

RKB毎日放送のラジオ番組で、同局の神戸兼文解説委員長が「放送で気になる言葉」をテーマに持論を展開。普段何気なく使っている言葉の背景や、メディア業界特有の表現が生まれた意外な理由を解説した。

「高めの球」は打ちごろの球?

まず神戸氏が取り上げたのは、交渉事などで使われる「高めの球を投げてきた」という比喩表現だ。これは元スポーツ新聞記者の先輩から寄せられた「未だに意味が分かりませんね」という率直な意見がきっかけであった。

神戸氏は、野球において「高めの球」は、時に「打ちごろの甘い球」を意味する場合もあると指摘。「球が上振れして、打ちやすいとこに来た」という文脈で使われることもあり、必ずしも「打ち返すのが困難な厳しい球」というニュアンスだけではないと解説した。

この指摘に対し、共演者からも「相手にとっては得意なのか苦手なのかわからない」と同意の声が上がった。神戸氏は、厳しい要求を表現するならば「内角への厳しい球を投げてきたがいいんじゃないか」という代替案に深く共感。言葉の比喩が、元の意味から離れて使われることで生じる誤解の可能性を示唆した。

記者会見で多用「受け止めを」の謎

続いて、議論は記者会見で頻繁に聞かれる「受け止めをお願いします」という質問に移った。神戸氏は「個人的にはすごく嫌でした」という元記者の声を紹介しつつ、「かつてはなかったです。断言しますけど」と、この表現が比較的最近になって定着したものだと断言する。特に政治の取材現場から広まったという印象を語った。

なぜこのような特殊な言い方が生まれたのか。神戸氏は「僕の勝手な推測ですけど」と前置きしつつ、独自の分析を披露。「歩いていく総理に向かって、『総理、この件についての受け止めを』って短く言えるから」ではないか、というのだ。

移動中の政治家を呼び止め、長い質問を投げかける時間がない中で、一言でもコメントを引き出すために生まれた、いわばメディア側の“テクニック”ではないかと推測している。

この「受け止めを」という問い方は、政治家が本音を語らないことを前提とし、短い言葉でも放送で使える画さえ撮れればよいという、昨今の政治報道のあり方そのものを象徴しているのかもしれない。

「きちんと会見で答えるということをしてきてない」「政治不信につながってる気がする」と、神戸氏は言葉の問題から現代の政治とメディアが抱える課題にまで言及した。

気づけば使ってる?新たな重複表現

番組では、他にも気になる言葉が次々と俎上に載せられた。「今の現状」という表現について、出演者の一人が「昨日、何かしらで聞いた」と語ると、神戸氏は「頭痛が痛い」などと同じ重複表現の典型例であると指摘。放送関係者であっても、つい使ってしまうことがあるという実態が浮き彫りとなった。

さらに、「あわや逆転ホームランかという大ファール」という実況も話題に。「あわや」は本来、「あわや大事故に」のように、悪いことが起きずに済んだ場合に使われるのが適切であり、ホームランというポジティブな結果が期待される場面での使用はそぐわないと解説された。

また、「ロケットが打ち上がりました」という表現も、ロケットが自らの意志で飛んでいくかのような印象を与えるため、「打ち上げられました」と受動態で表現するのが自然であるとまとめた。

言葉の奥深さを再認識させる議論は白熱し、神戸氏は最後に「学びがありました。気づきもね」と、まさに議論の的となった動詞の名詞化表現を使い、ユーモアたっぷりに締めくくった。

※この記事はPodcast番組をもとにAIを用いて自動生成されたもので、誤った情報や不完全な記述を含む可能性があります。正確性や品質は保証されませんので、必要に応じて他の情報もあわせてご参照ください。