小久保監督、山に誓う野球人生と「最後の夢」

65|一つ一つ登山家のように―小久保監督と「山」
西日本新聞スポーツ余聞
16分22秒2026年1月20日

小久保監督と「山」に見る野球哲学

西日本新聞のポッドキャスト番組『西日本新聞スポーツ余聞』で、今季から福岡ソフトバンクホークスの指揮を執る小久保裕紀監督の知られざる一面が明かされた。

記者生活の大半をスポーツの現場で過ごしてきた大窪正一記者が、小久保監督の野球人生と深く結びつく「山登り」にまつわる数々の秘話を披露している。

現役時代から続く山登りルーティン

小久保監督は現役時代、1月の自主トレーニングの一環として、米アリゾナ州のキャメルバックマウンテンに登ることを恒例としていたという。

大窪記者が同行した2012年の登山では、山頂で「30本がホームランバッターとしてのラインだろうな」と語り、その年の目標を誓ったそうだ。

監督はシーズンを「山」に例えることが多く、その哲学の原点がこの頃から培われていたことがうかがえる。

悔しさを力に変えた霊峰登山

特に印象的なのが、巨人からホークスへ復帰した後のエピソードである。 王貞治監督(当時)の勇退イヤーとなった2008年はチームが最下位に沈み、自身も怪我で離脱。 恩返しができなかった悔しさを振り払うため、オフに単身で屋久島の山に登ったという。

さらに翌2009年も優勝を逃すと、今度は西日本最高峰である愛媛県の石鎚山へ。 知人から「日本ハムの旗が頂上に立ってたぞ」と聞き、「それなら自分も登ったら優勝できるんだ」との思いで霊峰の頂を目指した。

すると翌2010年、チームはシーズン最終盤で首位西武との3.5ゲーム差を覆す奇跡的な逆転優勝を達成。 まさに「神懸かった」と評される、山がもたらした心願成就となったのである。

野球人生の最終目標は「高校監督」

現役引退後、小久保監督は次なる山として「一軍監督」を目標に掲げていた。 しかし、その道のりが平坦ではないことを自身が一番理解していたようだ。

大窪記者は、監督が「自分がなりたいと思ってなれるもんじゃなくて、監督っていうのは。『小久保に任せたい』っていう風な人間にならんといけん」と、噛みしめるように語っていた姿が忘れられないと振り返る。

その言葉通り、侍ジャパンや二軍の監督を歴任して信頼を積み重ね、ついに一軍監督という山の頂にたどり着いた。

そして、そんな小久保監督が野球人生の「最後の山」として見据える意外な夢も明かされた。 それはなんと「高校監督」になることだという。

自身が果たせなかった甲子園出場という夢を、指導者として追いかけたいという熱い思いを抱いているのだ。 名球会入りするほどの実績を持つ選手のこの目標に、番組内では驚きと期待の声が上がった。

福岡移転後初となるリーグ3連覇という新たな山に挑む今季。 その先に見える壮大な夢の実現にも注目が集まる。

65|一つ一つ登山家のように―小久保監督と「山」
西日本新聞スポーツ余聞
16分22秒2026年1月20日

※この記事はPodcast番組をもとにAIを用いて自動生成されたもので、誤った情報や不完全な記述を含む可能性があります。正確性や品質は保証されませんので、必要に応じて他の情報もあわせてご参照ください。