「4番」へのこだわり ルーツはドジャースの戦法
- 野球の打順
- スポーツ文化評論家・玉木正之のCatch Up
- 13分13秒2026年1月28日
スポーツ文化評論家の玉木正之氏がRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し、野球の打順に関する独自の視点を披露した。WBCの話題に触れつつ、ソフトバンクの近藤健介選手がトークショーで漏らした「大谷さんの後に打つのは絶対に嫌だ」という発言を切り口に、奥深い打順の歴史を紐解いている。
V9巨人を悩ませた「ONの後継者」
玉木氏は近藤選手の発言を聞き、かつてのV9時代の巨人を思い出したと語る。当時、王貞治、長嶋茂雄という球史に輝く二大スターの後を打つ5番打者は、その重圧からか毎年のように代わっていたという。この状況を打破すべく、名将・川上哲治監督がオープン戦で一度だけ試みた奇策があった。それは「2番・王、3番・長嶋」という、常識を覆す打順。しかし、この布陣はわずか2試合で姿を消すこととなった。玉木氏によれば、川上監督はその理由をたった一言、「落ち着きが悪かった」とだけコメントしたそうだ。
日本が元祖だった「2番最強打者説」
今やメジャーリーグでは常識となり、大谷翔平選手もその役割を担う「2番最強打者説」。玉木氏は「実はこの2番最強打者説という説を打ち出したのは日本なんですよ」と、意外な事実を明かした。昭和43年、近鉄バファローズを率いた三原脩監督が、強打者の土井正博を2番に起用したのがその始まりである。ただ、この革新的な試みは当時は結果に結びつかず、残念ながら定着はしなかった。奇しくも川上監督が「2番・王」を試したのも同じ昭和43年であり、当時の名将たちが打順の最適解を模索していたことがうかがえる。
「4番最強」観念は誰が決めたのか
では、なぜ「3番、4番に最強打者を置く」という考えがこれほどまでに定着したのか。玉木氏はこの疑問の答えを、アル・キャンパニスが記した名著『ドジャースの戦法』にあると解説する。同書では「3番は一番長距離を打つバッター」「4番は一番強いバッター」と定義されているが、これはベーブ・ルースとルー・ゲーリッグが黄金時代を築いたヤンキースの打順がモデルであった。この戦法がV9巨人を率いた川上監督によって日本に持ち込まれ、打順の固定観念が野球界に広く浸透したのではないかと分析している。
日本野球に根付く「4番」へのこだわり
玉木氏は、アメリカでは大谷が1番や2番を打つなど柔軟な起用がされる一方、日本では依然として4番打者へのこだわりが強いと指摘。特に読売ジャイアンツの「第何代4番打者」という伝統的な呼称について、「いやらしい言い方ですね。横綱みたいにね。別に歌舞伎の襲名してるわけじゃないですもんね」と独特の表現で言及。こうした視点から野球を見る面白さを提言し、トークを締めくくった。
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- 13分13秒2026年1月28日
※この記事はPodcast番組をもとにAIを用いて自動生成されたもので、誤った情報や不完全な記述を含む可能性があります。正確性や品質は保証されませんので、必要に応じて他の情報もあわせてご参照ください。