人間・内川聖一。福島への息の長い支援と絆

71|東日本大震災から15年 忘れられない福島で見せた「人間・内川聖一」
西日本新聞スポーツ余聞
14分2秒2026年3月4日

西日本新聞のポッドキャスト番組『西日本新聞スポーツ余聞』の最新回(第71回)にて、元ソフトバンクホークスの内川聖一氏が、東日本大震災の被災地・福島県で見せた知られざる素顔が明かされた。

震災から15年となる3月11日が迫る中、当時番記者を務めていた大窪正一氏が、稀代のヒットマンが野球の枠を超えて示した真摯な人間性を振り返っている。

被災地での真摯な眼差しと、支援の始まり

2013年夏、福島県いわき市で開催されたオールスター戦でMVPに輝いた内川氏は、賞金300万円を「福島の子供たちのために使いたい」と表明。翌2014年12月に有言実行し、福島県伊達市にて初の野球教室を開催した。大窪記者は当時の同行取材を思い返し、グラウンドでの華やかな選手としての顔とは異なる、内川氏の神妙な姿を鮮明に語った。

野球教室の合間を縫い、内川氏は放射能に汚染された廃棄物の仮置き場などを自ら視察。黒い袋が延々と並ぶ光景を前に、真剣な面持ちで説明を聞いていたという。当時、瓦礫に花の絵を描く高校生らのプロジェクトにも参加した内川氏は、「実際に自分の目で見て、感じることができて本当に良かった」と感慨深げな様子で記者に口にした。

「忘れないこと」を胸に、継続された絆と交流

視察後、内川氏は「自分が(被災地のために)何ができるか分からないけど、息の長い支援が重要ですね。何より、僕自身が忘れないことが一番大事」と、言葉を噛みしめるように決意を述べた。

大窪記者は、スポーツというものが“平和な日常”の上にこそ成り立つものであると深く理解している内川氏の器の大きさに、当時強い感銘を受けたのだという。

その決意は言葉だけに留まらず、現役引退まで毎年継続され、引退後も双葉町へ足を運ぶなど、内川氏は支援の形を模索し続けている。大相撲やラグビーなど他競技からも貪欲に学ぼうとする姿勢は、野球人としての理論的な深みにも繋がっていた。一流のバッティング技術を根底で支えていたのは、こうした飽くなき探究心と温かな人間性であったと記者は強く語り、番組を締めくくった。

71|東日本大震災から15年 忘れられない福島で見せた「人間・内川聖一」
西日本新聞スポーツ余聞
14分2秒2026年3月4日

※この記事はPodcast番組をもとにAIを用いて自動生成されたもので、誤った情報や不完全な記述を含む可能性があります。正確性や品質は保証されませんので、必要に応じて他の情報もあわせてご参照ください。