黒田長政を阻んだ天然の要塞、城井谷の防衛術
- 47|【城井谷編】黒田長政はなぜ正面を避けたか 城井谷の山城群を現地踏査で読み解く
- 西日本新聞 戦国山城Podcast
- 12分48秒2026年5月9日
西日本新聞の「戦国山城Podcast」城井谷シリーズ第2回が配信された。今回は郷土史家の清田進の案内で、福岡県築上町の城井谷を遡り、地形を活かした鉄壁の防衛体制に迫る。
黒田長政を阻んだ天然の要塞
一行は城井谷の入り口にあたる築上町安武から探索を開始。清田によると、天正15年に攻め入った黒田長政は、この堅固な入り口を避け、隣の小山田谷から侵入を試みたという。谷の出口に城が配置された「谷全体が要塞」という言葉通りの光景が広がる。
宇都宮氏の居館跡と密集する山城群
谷が広がる場所には、宇都宮氏居館跡の台地が残る。ここは南北朝時代に五代・頼房が移り住んだ生活拠点だ。さらに中流域へ進むと、本庄城や小山田城、小郷地城など、標高約400mに達する山城群が両岸にひしめき合っている。
主城の大平城へ続く歴史の道
18kmも続く深い谷の構造に、出演者の中山紘一郎らも圧倒された様子。清田は「いかに城井谷が深いか分かる」と語り、さらなる奥地に眠る城井氏の主城・大平城への期待を込めて次なる目的地へ向かった。
- 47|【城井谷編】黒田長政はなぜ正面を避けたか 城井谷の山城群を現地踏査で読み解く
- 西日本新聞 戦国山城Podcast
- 12分48秒2026年5月9日
※この記事はPodcast番組をもとにAIを用いて自動生成されたもので、誤った情報や不完全な記述を含む可能性があります。正確性や品質は保証されませんので、必要に応じて他の情報もあわせてご参照ください。